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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)1386号 判決

上告人

小西覚一

被上告人

豊中市

右代表者市長

下村輝雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について

原審が適法に確定した事実関係によれば、被上告人市の水道局給水課長が上告人の本件建物についての給水装置新設工事申込の受理を事実上拒絶し、申込書を返戻した措置は、右申込の受理を最終的に拒否する旨の意思表示をしたものではなく、上告人に対し、右建物につき存する建築基準法違反の状態を是正して建築確認を受けたうえ申込をするよう一応の勧告をしたものにすぎないと認められるところ、これに対し上告人は、その後一年半余を経過したのち改めて右工事の申込をして受理されるまでの間右工事申込に関してなんらの措置を講じまないままこれを放置していたのであるから、右の事実関係の下においては、前記被上告人市の水道局給水課長の当初の措置のみによつては、未だ、被上告人市の職員が上告人の給水装置工事申込の受理を違法に拒否したものとして、被上告人市において上告人に対し不法行為法上の損害賠償の責任を負うものとするには当たらないと解するのが相当である。これと結局同趣旨に出た原審の判断は、正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告人の上告理由

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすことが明らかな重要事項について判断を逸脱した違法がある。即ち、「行政指導とはどういうことか」それは相手方の任意の同意による協力によつて行なわれるものでなければならない。これが行政指導の本質であるから法的な拘束力はないし強制力をもちえないのである。そうすると、被上告人豊中市は行政当局が何んらかの意味での不当な圧力をもつて事実上の強制力を相手方(上告人)に対して与えるようなことがあつてはならないものであり、憲法の定める法治主義ないし法の支配に基づく行政の原則から当然の事である。そうすると、被上告人が上告人に対して行政指導をするということで被上告人豊中市職員奥野善雄は本件建物が「建ぺい率不足の違反建築物であること、角切りが不足していること、の故をもつてこれの是正を求める勧告書を出し、その勧告書の内容に上告人が従わないから被上告人建築部長にいろいろ申入れた結果、昭和四十八年四月九日付文書によつて本件建物に対し水道給水制限(甲第二十号証)の通知が出された(奥野証言参照)もので職務行為として行なわれたものである。」即ち違反建築に対する給水制限実施要綱(行政指導要綱)(甲第二号証参照)に基づいて給水の一時留保という行政指導という形式で本件建物について水道給水を停止したものである。現実に本件建物に対する昭和四十八年五月二十日から昭和五十年十二月四日までの二年六ケ月間という長期間に亘り水道法上に定める給水義務(水道法第十五条)に違法に違反して停止されていたことである。この事実は控訴審判決理由一、及び一、5に於いても認定しているものである。そして又、当該水道給水制限(停止)は予告なくして突如として事実上の強制力をもつて被上告人建築指導課と同水道局の職務行為として実現されているところのものである。それも第一、二審の判決理由の中で何れも認定している極めて顕著な事実である。そして又、控訴審判決理由三に於いて豊中市が昭和四十一年当時市内における建築基準法などの法令の規定に適合しない建築物の著増傾向に鑑み法令違反行為を防止しあるいはこれを除去するには建築基準法などの規定の活用によるだけでは行政上有効、適切でないとし同四十年十二月十八日の市議会の要望決議に答えて同四十一年四月一日前記規定一〇条二項の規定を設けかつ前記実施要綱を定めて「行政指導」をすることゝしたこと自体はその目的、趣旨に照らして違法とすることはできない「要はその運用の適否にある」として「運用の適否」を重要視し判断を示しながら給水停止処分が「事実上の強制力」であることについてこれが「行政指導」として実現されたこと、従つて給水停止処分が行政指導であるとする法律の適用なくして行なわれたことについて判断を示さずこれを欠いたものである。即ち「行政指導」が法的な拘束力ないし、強制力をもつものでないとすれば行政指導を受けた上告人は行政当局の行政指導に従うかどうか完全に自由な選択権を有するわけであつて上告人がこのような完全な自由な選択権を行使して行政指導に従わないとした場合にも何等それが違法とならないし、又不当でもなく、いわんやけしからんという法的評価は全く受けるべきいわれはあり得ないわけである。もしそれを違法でないまでも不当なことゝして評価できるとすればそれは行政指導にある種の事実上の拘束力ないし強制力を付与したことになるわけであつてこれは行政指導の本質に反する。従つて建築基準法第六条一項、昭和四十五年法律一〇九号による改正後の同法第五十三条、大阪府建築基準法施行条例第六条違反建物であつても水道法上の正当の理由のない限り水道給水停止は出来ないものという法益の均衡を無視した「行政指導」であるから被上告人豊中市水道局が同市建築部長からの水道給水制限通知を受けたことをもつて上告人の同市給水条例の定めるところによる給水契約申込を不受理して水道給水をしなかつたのであるから明らかに法律上の根拠なくして被上告人は上告人の水道法第十五条に定める給水を受ける権利を違法に侵害した不法行為に該当するものであるし、又これは被上告人建築指導課と同水道局の共謀による行政指導の越権であり権限濫用であるから違法である。

(先例)(一) 大阪高等裁判所昭和四十三年七月三十一日判決(昭和四十二年(ネ)第三七六号給水廃止請求控訴事件、判例タイムズ二二五号一〇〇頁)

(二) 昭和二十四年(行)第四号同二十六年二月十七日東京地裁民二判例タイムズ十二号七二頁

(三) 昭和二十五年(行)第七号同二十八年十一月二四日盛岡地裁判決行政裁判例集四巻一一号二六一五頁

以上は「行政指導」の範囲を逸脱して法令の適用なくして給水停止処分という違法の圧力を行使したことについて原審判決は判断を示さなかつたのであるからこの点について明らかに重要事項について判断を逸脱した違法があると云わねばならない。

第二点 〈省略〉

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